昭和38~昭和41

年代(昭和) 人口(人) 村長 こ と が ら
38. 1/
(1963年)
8,396人 島袋 順介 70余年ぶりといわれる異常寒波と干ばつに見舞われ、気温8.1度という最低気温が観測され、寒波とアラレの降る異常現象で農作物は甚大な被害を与え、それに水不足が生じ、水稲植付(3月)も例年どおり出来ない異常現象であった。
38. 3/   教育委員3名の任期満了に伴い、選挙が行われ、無投票で次の3名が当選する。伊芸安吉(恩納)。島袋知長(名嘉真)。島袋順助(村長、任命)。
38. 3/14   喜瀬武原小中学校が独立に伴い教室不足のところ政府補助と教育委員会負担によってRC(鉄筋コンクリート)造り、特別教室2教室が竣工。その後、他学校同様に特別教育が行なわれることになった。
38. 9/   村単独水道事業が、高等弁務官資金による水道事業とは、別個に初めて施行される。
恩納排水池  1基
谷茶排水池  1基
39. 1/12
(1964年)
8,409人 万座毛と真栄田岬が、琉球新報社創立70周年記念事業の新沖縄観光名所選定で、読者投票の審査委員会の決定により、新観光名所として指定される。
39. 2/   名嘉真で、15,000坪の水田高度利用三毛作が総理府専門官の指導指示によって始まる。水田の高度利用とは、イネ作は、即ち米の単作で、増産というように考えられ易い。 水田にイネの他にヤサイ等有利な作物を組み合わせて作付し、水田の利用 を高めることによって高い生産性をあげると考えられ、温熱を活用すれば沖縄の高度 水田利用は、高い生産を約束できるとして、水稲のわせをとり入れ第1期作が2月、第2期作が7月その次にヤサイその他、作物を植付する三毛作。
39. 4/   倉庫及び事務室63坪を造築
39. 9/29 8,444人 村長の任期満了に伴い、村長選挙が2名の立候補によって、選挙が行なわれ、その結果當山幸徳(元助役)が当選する。助役の後任には、産業課長の大城保晴氏が11月7日に就任。
39.10.
(1964年)
  當山 幸徳 村は、かねてから村全地域に対し電灯計画を進め、その実現方を琉球政府公益課に申請するとともに、各配電会社と折衝を繰り返し、ようやく資材費負担ということで妥協し、したがって琉球政府の勧告により、山田から以南は、比謝川配電、仲泊から瀬良垣までは、央配電、安富祖から以北は、名護配電という区域で設備され、36年2月13日から点灯が始まり、山田温泉開設(39年)を最後に喜瀬武原を除く全村が点灯される。
40. 3/
(1965年)
8,449人 教育委員2名の任期満了に伴い、その選挙に無投票で次のとおり当選する。吉山盛太(塩屋)。玉那覇仁栄(仲泊)。
40. 7/ 1   公共事業の増大に伴い、適正なる執行を期するため、技術職員を増員するとともにその専門部課として、建設課(課長、上間繁市)を設置する
40. 9/ 1   村診療所の中には、医師家族の住居も併用で診療業務を行なうに、狭隘で、種々支障をきたしていたところ、同建物東側に鉄筋コンクリート造り二階建の住宅が建築された。延面積85.1㎡、工事費4,850ドル
40.10/ 1   村の全海岸が、すぐれた自然の風景地で、これを保護するとともに、その利用の増進を図りつつ、国民の保健、休養及び教化に資することを目的として、沖縄海岸琉球政府立公園に指定される。
40.12/   喜瀬武原地区が配電会社の都合で、他部落よりも配電工事が遅れ今年に入って点灯さる。これで村全地域が電灯化に伴い、村民等しく合理的な文化生活に俗する。
41. 9/11
(1966年)
8,467人 村議会議員の任期満了に伴い、議員選挙が、定数16名に対し、17名の立候補で選挙が行われその結果次のとおり当選する。
比嘉姓一(山田)。当山松雄(瀬良垣)。古波蔵清仁(仲泊)。1.△.平安名盛光(前兼久)。3.△.仲嶺康禄(名嘉真)。2.△.古波蔵清一(仲泊)。外間現録(喜瀬武原)。2.△.長浜長貞(真栄田)。山内盛安(南恩納)。当山盛次郎(谷茶)。小渡錫光(宇加地)。1.○.大城保光(恩納)。山城繁昌(恩納)。宮平明緑(塩屋)。久場興得(安富祖)。仲村兼昭(冨着)。
注=
1.○、2.○~1番、2番目の議長1.△、2.△.3、△~1番、2番、3番目の副議長。
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