昭和24~昭和28

年代(昭和) 人口(人) 村長 こ と が ら
24. 5/   伊波 得成 役場職員を14人から17人に増員し、行政の改善をはかる。
職員次のとおり
村長 伊波得成
助役 田場盛六
収入役 当真嗣福
課長 佐渡山安秀
課長 仲松弥篤
課長 仲嶺康明
課長 当山松雄
書記長 屋宜盛記
書記長 佐久本嗣松 
書記長 上間繁市
書記長 亀浜朝吉
書記長 喜久山盛次
書記長 伊芸トミ
技手 佐渡山安晴
技手 山城繁昌
技手 比屋根一雄
技手 佐渡山安棟
政府駐在員 仲村兼好
行政機構
庶務課・厚生課
商務課・産業課
給仕 名嘉真文子、当山ヨネ
注=各字区長・書記、売店主任、書記の給料は、昭和22年度から役場から支払われる。
25. 4/
(1950年)
  恩納中学校が赤崎原高台に木造校舎を建築して、併置校から独立(校長仲嶺盛文)。
政府建設資金による木造規格庁舎が落成(約42坪と記憶)。トタン葺庁舎から移転。
(現庁舎敷地)
25. 4/   恩納岳を中心とする村有地が射撃演習地として軍用地に指定される。
25. 9/ 3   津嘉山朝信 村長選挙、無投票で津嘉山朝信氏当選。任期4年。
25. 9/10   村議会議員選挙、定数8名無投票当選(市町村制の改正に伴い議会議員の定数8人となる)
○大城保光(恩納)
△島袋順助(仲泊)
久場兼仁(安富祖)
当山松雄(瀬良垣)
松田建蔵(山田)
棚原栄吉(塩屋)
仲嶺康輝(名嘉真)
津嘉山朝栄(南恩納)
注=○議長 △副議長
25.10/ 7,655人 商務課職員の2名の政府転出と他職員の辞職に伴い、役場職員17名から11名に減る。
職員 valign="top"は次のとおり
村長 津嘉山朝信
助役 田場盛六
収入役 当真嗣福
課長 佐渡山安秀
課長 仲松弥篤
課長 佐久本嗣松
課長 佐渡山安棟
書記 仲村兼好
書記 当真嗣長
技手 山城善行
技手 仲村安男
給仕 佐久本安子、真栄城徳勇
26. 7/   市町村税条例公布。
26. 9/
(1951年)
  土地所有権調査が終了、所有権証明書を交付各部落に設置されていた配給売店が、配給制度の廃止によって、自由企業となり、そのほとんどが部落営協同売店に衣替する。
26.10/   役場職員が11名から13名になる。
村長 津嘉山朝信 給料B円で4,100円
27. 4/
(1952年)
  米国合衆国広報庁VOA沖縄中継局用地として、字恩納地内の万座原、横岳、新間、野原一帯50万4千平方米(約15万2千460坪)を指定貸借して、万座毛西方に中継局を設置する。
27. 5/   戦後初めての産業共進会(第1回)を庁舎内で開催、字安富祖が優勝。
教育委員の(米国制度による)住民選挙で無投票で次の人員が当選又は推せん(2名)され、教育委員会によって、教育行政が運営される。
桑江良行(字安富祖)
島袋順助(字仲泊)
吉山盛太(字塩屋)
推せん委員津嘉山朝信(村長)
女性委員 大城シズ(字恩納)
27. 7/   農業協同組合法の改正により、村一円の農業協同組合を解消し、部落単位の組合、名嘉真(組合長、仲嶺康禄)、喜瀬武原(組合長、山田源)、安富祖(組合長、宜志富紹東)、恩納(組合長、大城保行)、仲泊(組合長、島袋順助)の5組合成立。その数カ月後に恩納村農業信用協同組合(仲泊を除く)が設立され、組合長に大城保光氏選任する。
27. 8/   村議会議場が役所敷地内の東側に木造かわら葺(20坪と記憶する)が落成する。従来までの議会は役所外の他の施設、又は、個人の住宅を利用していた。
27.11/13   戦前村長(16年)県議会議員、県農会長の要職を務められた長嶺安心氏が逝去され村葬執行する。
28. 3/
(1953年)
  市町村自治法、財政法公布され、会計年度が7月1日から6月30日までに変わり15ヶ月の予算を編成する。教育税が初めて課せられることになった。
28. 3/   自治法の公布に伴い、議会議員の定数が現在の8名から16名の定数となり、追加8名の特別補充選挙(3月29日)を行ない無投票で次のとおり当選する。
伊波得成(恩納)
徳村保成(宇加地)
平安名盛光(前兼久)
当山喜太郎(谷茶)
金城永精(真栄田)
仲村兼蔵(冨着)
桑江良行(安富祖)
花城清正(太田)
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